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BALENCIAGA バレンシアガの生い立ちと歴史 |
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『クリストバル・バレンシアガ』−1895年1月21日スペインに生まれ。
1915年 仕立屋を始め、翌年には独立開業する。
1919年にはパリのオートクチュール・コレクションに初参加、次々に新作コレクションを発表。
1931年、スペイン国家が君主制から共和制へと移行したのを機に、バレンシアガの顧客は減少傾向をたどり経営難に陥いり、ついに倒産。
1939年に「黒いドレス」のシリーズ。
1945年、四角い肩に狭めたウエストラインの服を発表。
1951年、バレルラインのスーツを発表。
1953年、香水"ロー・フレッシュ"を発表。
1954年、iラインのドレスを発表。
1955年、チュニックドレスを発表。
1957年、ベビードール・ルック等を発表。
1958年、サックドレスを発表。同年、レジョン・ドヌール勲章を授賞。
1967年、スクエア.ショルダーのスーツを発表。
1968年「クチュールを支えていた生活は終わった」、この言葉を最後にバレンシアガは引退。
1972年、スペインの故フランコ将軍の孫娘のためのウェディング・ドレスの制作を最後にバレンシアガはスペインのヴァレンシアにて死亡。
その後、弟子のフェルナンド・マルチネスがパリでプレタ・ポルテ「バレンシアガ」をオープンさせる。
1993-1998年までジョセフュス・メルキオール・ティミスターがプレタポルテのデザインを担当。
現在、バレンシアガのチーフデザイナーは、ニコラ・ゲスキエール。
彼はトラサルディのチーフデザイナーを務めたこともあり、個性あふれる彼の世界を創り上げている。
2001年、バレンシアガはグッチグループの傘下に入ってしまいましたが、バレンシアガよってはじめられた仕立屋さんが起源のこのブランドは今、ザ・ツィギーや、ザ・ファースト等のバッグをはじめ、現在でも多くのファンを抱える女性服の名門ブランドとなりました。
<現デザイナー>
ニコラ・ゲスキエール。
1971年、男性、フランスに生まれる。
最終学歴は外国語と文学のバカロレア(フランスで大学入試資格に相当する国家資格)。
コリンヌ・コブソン、アニエスベー等での見習いに始まり、91年から2年半ジャン・ポール・ゴルチエのニット部門でアシスタントを務める。
その他ティエリ・ミュグレー、ステファン・ケリアン等でアシスタントを務めた後、95年にバレンシアガに迎えられ98年よりチーフデザイナーを務める。
同時期97年5月、単年契約でトラサルディのチーフデザイナーに就任。
99年、カラガンのデザイナーに就任。
実際にバレンシアガの服を見たことはないらしく、モダンでシャープな手法で伝統を継承するという、自分なりの解釈でクチュールメゾンを引っ張っている。
公式サイト Balenciaga(英語)
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